2026年を読む――偽りの安定が終わる時代と、「自分で立つ」という選択

あけまして、おめでとうございます。
コラムをお読みいただき、ありがとうございます。

2026年の静かな年明けに、アメリカ合衆国がベネズエラを攻撃したというニュースに、驚かれた方も多かったのではないでしょうか。私自身、予想はしていたものの、この出来事に時代が一段階切り替わったことを強く感じました。

長期化するロシアによるウクライナ侵攻、中国による台湾への圧力、そして日本を取り巻く地政学的な緊張。第二次世界大戦後、戦争を止める仕組みとしてつくられた国連が、機能していないように見える現実に、不安を覚える人も少なくないと思います。

こうした状況の中で「これからどうなるのか」と情報を追い続けたり、予言や占いに答えを求めれば求めるほど、心が疲れてしまうことがあります。特に感受性の高い人ほど、不安に押しつぶされそうになるかもしれません。ここで大切なのは、未来を悲観することでも、無理に楽観することでもなく、外に答えを探し続けず、自分に還り、足元から行動することです。

偽りの安定が終わる、という現実

戦争の長期化、大国同士の緊張、国際機関の機能不全。
これらに共通しているのは、これまで「安定を支える」と信じられてきた仕組みが、自動的には機能しなくなりつつあるということです。

国家が守ってくれる。制度が止めてくれる。誰かが正解を示してくれる。
そうした前提の上に成り立っていた「偽りの安定」は、静かに終わりを迎えつつあります。

2026年を読むヒント(干支・数秘・占星)

2026年は干支では丙午(ひのえうま)。「火」の性質が強い年とされます。火は成長を促しますが、扱い方を誤れば広がりすぎます。

数秘術では「1」の要素が前面に出る年で、始まり・自立・個の責任がテーマ。

占星術の流れを見ても近年は、理想や拡大よりも、現実・境界線・足元の安定が強く求められる配置が続いています。

これらは未来を予言するための道具ではありません。
ただ、異なる体系が重なるところがあるとすれば、次のように言えます。

外側の仕組みに頼りきる時代は終わり、一人ひとりが「自分の足で立つ力」を問われる時代に入った。

「自分で立ち上がる」とは、孤立ではない

「自分で立つ」とは、すべてを一人で抱え込むことではありません。
依存しきらず、つながる場所を自分で選び直すこと。大きな仕組みが揺らぐときほど、人は「どこに身を置いているか」で、安心感も回復力も変わります。

情報の洪水から離れ、「自分に還る」

不安な情報は止めどなく流れてきます。戦争、経済、災害、病気。どれも無視できない現実ですが、それらを常に浴び続けることが、備えになるとは必ずしも言えません。処理できない状態で情報だけを増やすと、心と体は消耗します。

2026年に向けて大切なのは、情報を遮断することでも、何かを信じ込むことでもなく、必要なときに自分の感覚に戻れる場所を持つことです。

「自分に還る」とは、内向きになることでも現実逃避でもありません。判断の起点を外ではなく内側に戻すことです。
体は緊張していないか、呼吸は浅くないか、食事や睡眠は乱れていないか、情報を浴びすぎていないか。こうした基本の確認ができる人は、時代が荒れても極端な選択に走りにくくなります。

なぜ今、「食」と「循環」が拠りどころになるのか

世界情勢が不安定になるとき、影響を受けやすいのは金融や情報よりも、生活そのものです。
特に「食」は、流通や制度に滞りが出たとき、不安になりやすい分野です。

ここで重要なのは、食べ物がなくなるという話ではありません。
現実的なのは、食べ物が消えるのではなく、これまで通りには届かなくなる可能性です。

問題は量ではなく、長距離・大量・一方向に依存した構造にあります。

大きな循環が揺れるとき、小さな循環が支えになる

私たちは普段、とても大きな循環システムの中で生きています。
それは便利である一方、止まったときの代替が見えにくい構造でもあります。

だからこそ今、意識したいのは、小さな循環の中にも身を置いておくことです。
それは必ずしも、自給自足を目指すことでも、田舎に移住することでもありません。

「いつか田舎に移住したら畑をやりたい」
「庭のある家に引っ越したら野菜を育てたい」

そう考えている人は少なくありませんし、その感覚自体はとても健全です。
ただ一方で、その思いが「今は何もしなくていい理由」になってしまうこともあります。

実は、多くの人がすでに、目の前にある空間や、今できることを見過ごしています。

日当たりのいいベランダ。
小さな庭。
台所から出る食事の残渣。

大きな畑がなくても、循環はすでに生活の中で始められる場所が残されています。

都市に暮らしながらできる「小さな循環」

顔の見える生産者から一部の食材を買う。
地域の直売所や個人商店を知っている。
ベランダや庭で、少しだけ育ててみる。
食事の残渣を捨てず、土に返す。

完璧である必要はありません。
重要なのは、生活の中に「戻り先」をつくることです。

「回る食」を知っている人は、飢えにくい

飢えにくい人とは、たくさん備蓄している人でも、特別な技術を持っている人でもありません。
食を「消費物」ではなく、循環するものとして一度でも体感したことがある人です。

残渣が土に返り、微生物によって分解され、また植物を育てる。
この流れを知っているだけで、食に対する過剰な不安は減り、情報に煽られにくくなります。

おわりに 2026年、時代に流されないという選択

2026年は、特別な予言や恐怖を必要とする年ではありません。けれど確かに、これまで安定していると感じてきた前提が、静かに機能しなくなりつつある時代の入り口です。

外に預けてきた安心が、少しずつ自分の手元に戻ってくる。私はそれを衰退ではなく、成熟への移行だと考えています。

不安な情報が溢れるほど、人は遠くを見すぎてしまいます。けれど私たちを支えるのは、眠れているか、食べられているか、呼吸が浅くなっていないか、戻れる場所を持っているか、という基本です。

2026年は、何かを信じ込む年ではありません。
自分の感覚を、もう一度信じ直す年です。

この場所が、あなたが自分に還るための小さな拠点になれたなら幸いです。
本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

【まとめ】2026年を生きるためのポイント

  • 2026年は「恐れの年」ではない
     外側の仕組みに預けてきた安定が揺らぎ、 自分の足元を取り戻す流れに入る年。
  • 情報を集めすぎない
     不安情報に備えは必ずしも比例しない。 必要なのは、判断の起点を自分の感覚に戻せる場所。
  • 「自分で立つ」とは、孤立ではない
     依存しきらず、つながる場所を自分で選び直すこと。
  • 大きな循環が揺れるほど、小さな循環が支えになる
     自給自足を目指す必要はない。生活の中に「戻り先」を一つ持つことが大切。
  • 食を“消費”ではなく“循環”として体感する
     「回る食」を知っている人は、 情報にも不安にも振り回されにくい。
  • 信じ込むより、感じ直す
     2026年は、何かを盲信する年ではなく、 自分の感覚をもう一度信じ直す年。

ここまで読んで、

  • 胸の奥がざわっとした
  • 「足元を見直したほうがいい」と感じた
  • 情報や不安に少し疲れている自分に気づいた

そんな方は、すでに「自分に還り始めているサイン」かもしれません。

時代が揺れるときは、一人で抱え込むよりも、安心できる場で言葉にすることで、思考や感情が整理されていくことがあります。
私の相談会では、今の心身の状態を一緒に確認しながら、「どこに戻れば落ち着けるのか」を丁寧に見ていきます。

「他の方の事例も知りたい」と思われた方は【症例ケース】からご覧いただけます。


「自分や家族の状況に合わせたサポートを受けたい」と感じた方は【自然療法のご相談はこちら】からどうぞ。

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この記事を書いた人

自然療法セラピスト。
統合医療専門校で教育に携わり、自由が丘でサロンを運営。現在は沖縄を拠点に、インナーチャイルドやアダルトチルドレンによる「生きづらさ」「体調不良」を自然療法と対話でサポート。本来の自分を取り戻すお手伝いをしています。
南の島の自然ケアサロン 主催
元統合医療専門校講師
日本ホメオパシー医学協会(JPHMA)


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